「中小企業」とはとても一般的な言葉である。日常会話で普通に使うし、新聞、雑誌、テレビなどのメディアを通じて日々目や耳にする。書店に行けば、タイトルに中小企業を冠した書籍は山ほどある。
しかし、私たちは、中小企業のことをどれほど正しく知っているのだろうか。中小企業の数は膨大で、そこには極めて多様な事業者が含まれる。各自の想定するイメージがどこまで一致しているか保証はない。ある人は大企業や銀行に虐げられる零細町工場を、ある人は匠の技で独自の地位を築くオンリーワン企業を、また別の人は近所の商店街を、さらに別の人はスマートなベンチャー企業を思い浮かべているかもしれない。
もちろん大企業も多種多様だが、大企業に関して我々が知っていることは中小企業に比べれば桁違いに多い。最新版の『中小企業白書』によれば、中小企業の数は約385万社である(総務省「平成24年経済センサス 活動調査」に基づく中小企業庁の算出)。対する大企業は約1万社である。大企業を代表する東京証券取引所の一部上場企業に限れば1,900社程度に過ぎない。報道などで我々に伝えられる企業情報の多くは大企業に関するものである。数で言えば0.3%にも満たない大企業が、情報量では圧倒している。
筆者は長年日本経済の分析に携わってきたが、約四半世紀前の社会人駆け出しの頃から漠然とした疑問を持ち続けてきた。企業の多数派は中小企業なのに、我々の目は大企業に向き過ぎてはいないか。
そうした問題意識を形にしたのが、2014年10月に上梓した『中小企業のマクロ・パフォーマンス』(日本経済新聞出版社)である。我々が中小企業に抱いているイメージは妥当なのか。中小企業は常に支援すべき対象なのか。日本経済の成長に中小企業はどれくらい貢献しているのか――かねてより筆者が関心を抱いてきたこれらの点は、いずれも一筋縄でいかないものばかりだ。同書では、できる限りそれらを「見える化」し、全体像を「包括的に」捉え、客観的なデータを用いて「実証的に」扱うよう心掛けた。まだまだ積み残しの課題だらけだが、同書は幸いにもエコノミスト賞(2014年度、毎日新聞社主催)を頂くことができた。少なくとも問題意識に一定の評価は頂けたと感じている。
ただし、同書はあくまでも学術的な専門書として執筆したものであった。刊行後、中小企業に関心が高い方々から、「さらに分かりやすく解説してもらえないか」「こんなテーマとつなげて話をしてもらえないか」といった声を多数頂いてきた。
本ブログは、こうした声も踏まえながら、大きく三つの目標を持っている。ひとつは、様々な中小企業関連のトピックを平易に解説し、コメントすることである。それらのトピックには、拙著のなかから選んだ普遍的な論点もあれば、拙著で取り上げきれなかった論点、あるいはその後の新たな論点などがある。日本経済新聞など有力メディアでは、毎日のように中小企業に関連する記事が報道される。それらを適宜紹介し、意見を述べていきたい。
二つめの目標は、中小企業の景気動向を統計に基づいてウォッチすることである。企業部門は経済のエンジンであり、その多数派は中小企業である。しかし、中小企業の景気動向が客観的に扱われる機会は意外なほど少ない。それはおそらく、大企業に関する情報のほうが集めやすいとか、大企業のほうが目立ちやすく社会的注目度も高いなどの事情によるものと思われる。本ブログでは、特に中小企業に焦点を当てて景気動向を判断していきたい。
三つめの目標は、これを機に、日本経済全体に関わる重要トピックも適宜語っていきたい。これらは必ずしも直接中小企業につながる話題ではないが、いずれ何らかの形で関わってくる公算は大きい。
もともと筆者の目線は、上述の著書も含めて、中小企業を大局的(=マクロ的)にとらえる、すなわち中小企業を全体としてとらえ、日本経済の中での位置づけてとらえることにある。本ブログも自ずとそうした視点に基づくものとなるだろう。
したがって、中小事業者の方々には、日々の経営に直接活かせるノウハウというより、長期戦略を考える際の材料と捉えて頂ければと思う。地域の中で、業界の中で、中小企業全体の中で、自らの立ち位置を冷静に認識することは、経営上極めて重要である。しかし、実際にはそうした中小企業関連情報は少ない。
このほか、多数の中小事業者と取引のある大企業関係者、中小企業政策に携わる行政関係者、中小企業を分析する研究者の方々も読者として想定している。わが国の中小企業部門の健全な発展を願いつつ、有意義な連載にしていきたい。
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